楽描屋ーラクガキヤー
 様子のおかしかった父の事を気にしつつも、エイダは少女の差し出した袋を受け取る。
 中には、何か冷たく硬い物が入っているような感触がした。
「これは……?」
「これは手づくりのお守りだ。こまった事があったら、これを強くにぎりしめてねがい事を言うといいぞ。エイダのやくに立つかもしれない。けど、ぜったいにふくろは開けちゃダメだ。いいな?」
「は、はあ……どうして私に?」
「エイダとはいっしょにゴハンをたべて、たのしくおしゃべりした。私の友達だ。こまってる事があるならたすけてあげたい。ダメか?」
 真っ直ぐな瞳を向けられ、エイダはたじろいでしまう。
 父親から外出を厳しく禁じられているという、筋金入りの箱入り娘であるエイダには、実は友達と呼べる相手が一人も居なかった。
 彼女は、友達とは何なのか──いや、それだけではなく家族などといった関係も含めた人間関係、身内や他人との付き合い方が、既によく分からなくなっていたのである。
 しかしこのベレー帽の少女は、それを笑うでも呆れるでも哀れむでもなく、ごく自然にエイダと対等な位置に立っているのだ。
 それ故に、ベレー帽の少女の問い掛けに対し、エイダは言葉に詰まってしまった。
 その時不意に思い出したのは、昔どこかで聞いた言葉だ。

 ──絆とは、共に過ごした時間の長さで決まる訳ではない。想いの深さで決まるのだ。

 それは果して、いつ、誰から聞いた台詞だっただろうか。
 今は思い出せない朧(オボロ)げな何者かの顔を振り払い、熟考し、しかしスッキリとした解答を得られないまま、エイダはようやく「ありがとうございます」と返答し、にこりと笑った。
 彼女の反応に、ベレー帽の少女は満足げに頷く。
「じゃあ、私はいくぞ。もう一人の友達がこまってるはずだから」
 そう言って、彼女は廊下へ繋がる扉へ向かって駆け出した。
 もう一人とは、ユウナの事だろう。
 しかし、ユージンとユウナは仕事の話をしに行ったはず。
 この小さな友達が行った所で、邪魔になったりしないだろうか。
 そんな風に思いエイダが眉をひそめていると、ベレー帽の少女は、この不思議な幼児は、くるりと振り返って更に不思議な事を言い放つのだった。
「たぶん、お仕事はユウナじゃなくて、私がひきうけることになると思うから」
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