側にいる誰かへ
雅樹にもう小細工を労する余力はない。

俺もそんな事はしない。

近づく両者。

狙うは渾身の右。

全てを掛けて雅樹に打ちこむ。

お互い間合いに入る。

おそらく、雅樹も右を打ってくる。

自分の全てを込めた最強の右で。

互いに右拳を振り上げる。

俺は右ストレートをだす。

雅樹も右ストレートをだす。

互いの拳が交差し、お互いの顔に拳がぶつかる。

しばらく沈黙する二人。

悲しいけど。

雅樹の拳にもう力はなかった。

雅樹はその場に崩れ落ちる。

俺は足元の雅樹を見下ろす。

彼はもうピクリともしない。

「………。」

何も言うべき事はない。

何も考える事はない。

何一つ。

何一つとして。

俺は反転し、教室のドアに手をかける。

最後に振り返り雅樹の方を見る。

彼の周りには、心配する生徒達が集まり、彼に呼び掛けていた。

俺の周りには誰もいない。

俺は考える。

この勝負は誰が勝ったのだろう。

俺は寂しさの中、教室を出る。

廊下には、俺を恐怖の目で見る生徒達の視線。

もう喧嘩は売らない…。

俺は学校を後にする。

下された処分は一ヶ月の停学。

まあ良いさ。

もう、ここには戻らねぇよ。

俺に残ったのは、痛む体と。

何かへの罪悪感。

雅樹を殴った拳が痛む。

抑えきれないほどに。

寂しい俺の心は頼るべき誰かを探していた。

自然と俺の足は徹の家に向かっていた。

徹ではなく、彼女のいる家に。
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