側にいる誰かへ
「パパ−。」

傍聴席の最前列。

小さい女の子と男の子が被告人に向かい、手を伸ばしていた。

二人の子供の隣にいた母親は子供らを必死に抑える。

被告人はその光景をみて涙を流していた。

「ゴメン。」

その言葉を聞いて、傍聴席の家族は涙を流す。

その家族の涙は俺にとって印象的だった。

この人達を憎めるはずがない。

この事故で何か壊れたのは、この人達も同じ。

俺達もこの家族も同じなんだ。

俺は隣の彼女を見る。

彼女はその光景をただぼんやり眺めていた。

その瞳からは感情を読み取れない。

でも、その目はもう母のものではなかった。

彼女は事故で息子を亡くした。

でも、あの家族も多くのものを無くしたのだろう。

俺は彼女の手をそっと握る。

彼女は視線をこちらに向けなかった。

でも、その手は俺の手をしっかり握り返していた。


裁判が始まる。

検察官の質問に涙を流して答える被告人の姿は、見ていて、とても切なくなった。

彼は答えた。

時間を戻したいと。

取り返しのつかない事をしたと。

一生を掛けて罪を償うと。

俺にはその姿は被害者そのものに見えた。

被告人は最後に傍聴席の俺達に向けて、深々と頭を下げた。

俺は、彼に対して一礼する。

彼の気持ちに何とか答えたかったから。

俺達は無言のまま家に帰った。

家に入ると、俺達はすぐに徹に線香をあげる。

俺は徹に報告するべき事を考える。

なあ徹。

上手く説明できないけど、

きっと誰も悪くないんだろ。

あの運転手も雅樹も。

誰も憎んだらいけないんだろ。

俺は、雅樹の血だらけの顔を思い出す。

俺がこの手でした事。

俺って奴は…。

きっと人はみんな傷ついている。

でも傷つき方がみんな違うから、お互いそれがわかりにくいだけ。

誰かの方が傷ついてるとか偽善の優しさとか比べる事が間違いなんだ。

なのに俺はそれに気づかずいろんなものを傷つけたんだな。

俺は過去の自分の行動に心から後悔した。
< 28 / 52 >

この作品をシェア

pagetop