側にいる誰かへ
時刻は午前9時。

玄関のチャイムが鳴る。

布団の中で寝ていた俺達はその音で目を覚ます。

寝起きが悪いのか起きた彼女は目をシパシパさせていた。

そんな姿も可愛くみえる。

俺達はパジャマだった。

この調子じゃ彼女は着替えるのに時間がかかるだろう。

「俺、出て来るよ。」

俺は服を急いで着替える。

服は着替えたが髪がボサボサだ。

俺は鏡を探す。

俺は彼女を見る。

手には長方形の鏡を持っていた。

それを両手で持ち、俺の顔に向ける。

「これ。」

彼女は寝ぼけ口調で呟いた。

「これで見るの?」

彼女は首を縦に何度も振る。

その姿は滑稽で俺は吹き出しそうになる。

俺はその鏡で髪をセットし、部屋を出る。

「大丈夫だから。ゆっくり着替えなよ。」

自分の大切な人が側にいる事は素晴らしい。

自分がどんどん優しい人になっていく。

俺は玄関のドアノブに手をかける。

この時、除き穴で相手をしっかり見るべきだったのだ。

俺は彼女といる事に浮かれて、そこまで頭が回らなかった。

ドアを開けたそこには、俺の両親がいた。



仏壇のある和室。

そこに父と母を通す。

俺と彼女は彼らの後ろに正座する。

二人は線香を上げ終えるとゆっくりこっちに振り返る。

二人が頭を下げた。

「この度はお悔やみを申し上げます。」

母が最初に口を開いた。

俺はそんな母を睨みつける。

「何だよ。」

「富塚君。まあまあ。」

彼女が俺を制止する。

彼女は必死に笑顔を作っていた。

「俺達はお悔やみを言いにきただけだぞ。徹君には、生前お前がお世話になっていたしな。」

父が口を開く。

その目はまるで感情がなく、死んだ魚のよう。

父は都庁に勤める公務員だった。

周りからはキャリア組と言われている。

エリートのこいつはいつも俺を見下していた。

三人兄弟の中(末っ子)で一番頭の悪い俺を。

世間に不良という名前を付けられた俺を。

親の言う事を聞かない俺を。
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