側にいる誰かへ
俺はこの部屋でいろいろな事を考えていた。

彼女との事。

雅樹との事。

徹との事。

両親の事。

この一ヶ月間、俺は様々な事を学んだ気がする。

その学んだ事を自分の中で整理する時間が必要だった。

徹の死。

雅樹との決別。

彼女との別れ。

両親との和解。

それぞれの結末に後悔はあるけれど、

その一瞬一瞬を一生懸命生きた自分自身の行動に嘘はない。

俺は俺のできる全てを掛けてその時、行動していた。

俺は俺自身に胸を張って良い。

わかってる。

でも、今胸に残るのは寂しさだけ。

この手に何が残っているというんだ。

胸に広がる途方もない虚無感。

この虚無感に俺は押し潰されそうだった。

何かを考えるべきなのに何も考えたくない。

このまま、この暗闇に溶けていきたい。

世界はこんなにも俺を苦しめる。

もう、何もわかりたくない。


5日、6日。

日々はゆっくりと過ぎていく。

飲食をしない俺の体は日に日に衰えていった。

唇は渇き、頭痛と目眩がする。

体には明らかな脱水症状が現れていた。

苦しい…。

こんなに苦しいなら、なぜ人は生きているんだろう。

生きてどうなる。

もう、いっそ楽になりたい。

俺は今にも倒れそうな体を引きずりながら、ゆっくりと立ち上がる。

俺はその足で台所にある包丁を取りに行こうとした。

その包丁で自分の命を絶つために。

今の俺は、精神的にも肉体的にも正常なものではなかった。

「苦しい…。」

本当はその部屋で首を吊るなり、舌を噛み切るなり、死ぬ方法はいくらでもあったはずだ。

でも、あえて台所に行く事を選んだのは最後に両親の顔が見たかったからかもしれない。

俺は扉の鍵を外し、ゆっくりとドアを開ける。

俺の視線の先、そこには母が寝ていた。

いつから、ここにいたのだろう。

前に置かれたおぼんの上のご飯はカチカチになっていた。

母は、出て来る私を待っていたのだろう。

正座したまま、顔を床に伏している。

母さん…。

俺は掛け布団をそっと母の背にかける。
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