それでも君と、はじめての恋を
▽明日への速度:Adagio
9月も中盤に差し掛かったある日の土曜、今日もあたしはバイトに励んでいた。
午後10時までみっちり働いて、葵と一緒に更衣室からスタッフルームへ向かう。
「お先に失礼しま――……あれ? 久坂さん?」
「お疲れ! 暇だから来てたんだよ」
スタッフルームへ入ると、休みだったはずの久坂さんがソファーでくつろいで、バイトあがりのヨッシーと話していた。
「またヨッシーと遊ぶんですか?」
「久坂さんっていっつもヨッシーといますよね」
「……俺がめちゃくちゃヨッシーが好きみたいな言い方やめない?」
眉を下げながら苦笑する久坂さんに「だって、ねぇ?」と葵と笑い合っていると、ヨッシーが「そうだ」とあたしに向き直った。
「アレ、冷蔵庫入れといたから忘れんなよ」
「アレって……ああ! ごめん、ありがとうっ」
「おい。せっかく準備してやったのに忘れてんなよ!」
背中に投げ掛けられたヨッシーの声に笑いながら、スタッフルームに設置された冷蔵庫を開ける。
ドンッと目の前に現れたのは、ホールケーキが入った正方形の箱。
中にはこの店で出されるフルーツタルトが入っていて、持ち帰り用に購入したいと店長に頼んでいた。
「うわー! やった! ワンホール買ったの初めて!」
箱を取り出して冷蔵庫を閉めると、久坂さんが首を捻る。
「好きなのは知ってたけど、ホールで買うくらい好きだったんだ?」
「それは違うっすよ……っ」
余計なことを言おうとするヨッシーの背中を思い切りつねって黙らせたあたしは、ニコリと久坂さんに笑顔を向けた。
「今日、葵の家で彼氏と友達の4人で遊ぶので、葵の家族も含めてみんなで食べようかなーって」
「ああ、なるほどね」
「うち用だったの? 別に良かったのに」
納得してくれた久坂さんと驚く葵にホッとして、また余計なことを言わないようにあたしの手から逃げたヨッシーを睨んだ。
「にしても、4人仲良いよなー」
「久坂さんとヨッシーも仲良いじゃないですか。今日も一緒に遊ぶんですよね?」
「遊ぶっていうか、打ち合わせで……な?」
あたしと火花を散らしていたヨッシーは久坂さんの問いにパッと顔を明るくさせる。
「そうそう! 打ち合わせ! 久坂さんの大学の文化祭で飛び入り参加させてもらえることになったんだよねーっ」