それでも君と、はじめての恋を
▽麗らかに秋を
すっかり夏の暑さはどこかへ消えた10月の頭。季節の変わり目だからなのか、9月末から雨の日ばかり続いている。
傘を持ち歩くのが面倒だなというくらいで、日常的には特に困ったことはなかった。
「……え」
口からぽろりと言葉が漏れたのが先か、動いていた足が止まったのが先か分からない。
お手洗いに行った昼休み。あたしは教室に戻る途中で立ち止まってしまった。
――モモが廊下で、綺麗な女の先輩と話してる。
今まで一度も見たことのない光景に戸惑っていると、女の先輩が微笑んだ。
「じゃあ、よろしくね」
そう言って軽く手を上げた先輩はこちらへ向かってきて、モモはその姿を見送ろうとしたのか振り返った。
サッと視線を逸らしたけれど、先輩があたしの横を通って階段を降りていくまで、身動きが取れなかった。
モモと話していた先輩の香水は、微かに甘い匂いを残す。
「……」
ちらりと視線を上げると、モモは廊下に立ったままあたしを見ていた。
「何してんの?」
「ひっ!」
ビクリと全身を跳ねさせると、背後から突然顔を覗かせた森くんが声を上げて笑う。
「ごめん。そんな驚かれるとは思わなかった」
「や、ううん。ぼーっとしてただけ……!」
「こんなとこで立ち止まって?」
「ははは……」
歩き出した森くんに苦笑しながら、止まっていた足をやっと前に出すことが出来た。
……あ。なんか、微妙な気分。
「桃井まで何で廊下に立ってんのー?」
「渉がそこに立ってたから」
「声かければいいじゃんか。変なふたりー」
ケラケラと笑いながら森くんは足を止めて、あたしも一緒に立ち止まる。
「渉ちゃんもそこでぼーっとしてたらしいよ」
「見てた」
頷きながらモモは言ったけれど、きっと何も気付いてないと思った。
あの先輩は誰?とか、何話してたの?とか。今あたしが何を考えているのか、絶対分かってない。
そんな質問は浮かんでも、口から出てきてくれないのも事実だけど。