グレスト王国物語


──

───

…ヴァ、シルヴァ、

「シルヴァ!」

「ぎゃあぁっ!」

叫びながら、シルヴァは思わず目の前の人影に抱きついた。

動悸が激しい。

冷や汗に、うっすら涙まで浮かんできた。

「…何してやがんだ。」

毒づきながらも大人しく抱きつかれている男が、ブラッドだと彼女が気が付くまでに、丸々3秒くらいの時間が必要だった。

「すみません…。」

おどおどと離れると、ブラッドは大きなため息をついた。

「その石は、魔力を持ってる。うかつに触れると危険だ。」

「はい…」

「まあ当然イヴァにはばれるだろうから、覚悟しておけよ。」

「う…」

痛いところを。

シルヴァはどうやら床に倒れこんでしまっていたらしく、

彼女の周りの床に積まれていた本は、芸術的とも言えるほどに乱れてしまっていた。

そろそろと立ち上がると、シルヴァはブラッドに続いて部屋を出る。

ふと、思い当たる。

「ブラッドさん、」

「ん。」

「妹とか、います?」

一瞬、空気が張り詰めたような気がする。

だが、それはすぐにいつもブラッドが醸しだす気だるいような、緩いものになっていた。

「あぁ、いた。」

「いた…?」

「もう死んじまった。」

「あ……」

すみません。小さく呟く。

ブラッドは特に気にした様子もなく、本にまみれた大きなテーブルには、不釣り合いに小さい椅子に座った。

ならって、シルヴァも隣に腰を下ろす。

「すげぇ数だな。」

「図書館か何かなんでしょうか。」

「はぁ?お前、知らねぇのか。」

「………はい?」

ブラッドは、馬鹿にしたように彼女を鼻で笑うと、足を組んだ。

「智の女神イヴァの役目は、記すことだ。」

「記す?それって何を、」

「分かれよ。」
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