グレスト王国物語
ディアナを贄に差し出して平和を手に入れたガーディアナの連中はいつしか女神を崇めるのを忘れて行った。

それが、許せなかった。

人は薄情な生き物だ。そう呪いながらグレストの歴史を綴って、もがきながら必死に生きてきた。

だが、そんな中にも、沢山の祝福すべき出会いと、別れがあった。

人間は脆く、弱く、汚い。

だが、それだけではなかった。

生き方も、信じ方も、人それぞれで、それで当然なのだ。

だから人間全員を恨んで、それが一体何になろう?

何にもなりはしない。

人は、傷ついて、傷つけられて、そうして自分も傷つけて、それでも生きて行く。

そうして、1人ひとりの小さく細やかな人生という物語一つひとつが、大きな流れとなって歴史を形作っていたのだと、

朝方ここ5年ほどの歴史を綴った書の最後のページにペンを入れながら、ようやく気が付いた。

ならば、人が憎らしいと言い訳をして逃げることなど、今更不可能だ。

逃げても意味などない。

イヴァは、ついに考えることをやめ、頭の中を、騎馬軍や魔方陣で一杯にした。

女神として、人間を導く。

たとえこの命を燃やし尽くしたとしても。

自分に課せられた仕事は、ただそれだけだった。

噛みしめた唇を、今度はきつく引き結ぶと、イヴァは彼らに号令をかける為に大きく息を吸った。

「各人準備は良いか!必ずや、ガーディアナを守り抜くぞ!!」

イヴァは腰に差した剣を抜き放ち、高々と青空に掲げた。

勇んで叫ぶ同胞たちの声が、いつもと変わらぬ広場に木霊する。

いつもと変わらぬ、愛しい景色。

我が心の故郷。

しかし、不穏なる気配が、すぐそこにまで、

迫っていた───
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