グレスト王国物語
これまで生きてきて、一度も見たことがないほど、それは美しい光景だった。

息をのんで、走り出す。

丘を登る。

上って登って、そうしていつしか揺れる視界の中に、桃色の花をつける、大きな木が見えて来た。

空に向かって枝を伸ばし、その枝の隅々まで桃色に染まったその木の名を、しかしブラッドは知らなかった。

それは、ただただ美しく、誇らしげに、彼の前にあった。

そして、その木の下には、

彼女がいた。

「シルヴァ!!」

見紛うはずもない、その輝く銀髪は、どこまでも青い空に広がる、淡い桃色によく映えていた。

走り出す。

彼女は膝を抱え、うずくまって、彼の声が聞こえてもピクリとも動かなかった。

「シルヴァ!おい!」

走り寄って、肩をつかむ。そこで初めて、彼女はびくりと体をこわばらせて彼を見た。

「…ブラッド、さん?」

それは、紛れもなくシルヴァの声だった。

「シルヴァ、」

「っ!触らないで!!!」

おぼろげだった焦点が定まると、彼女は大げさなほどにもがいて、ブラッドの手から逃れた。

その顔には、殺意すら感じられる怒気が、ありありと見て取れた。

「シルヴァ…?」

みるみるうちに、彼女の眼に涙があふれた。

その涙は、血の色をしていた。

「この、人殺し!あなたが…お前が、お父さんとお母さんを殺したんだ!!」

「…、」

急に、世界が暗くなった。

ざわ…、

風が、騒ぐ。

いつしか、彼女はひとりの娘に戻っていた。

白いワンピースを着た乙女。

15かそれくらいの、まだ幼さを残した娘の白が、流した涙で紅く染まって行く。

「わたし…私は、全部知っているんだ!ブラッド、お前さえいなければ…お前さえ、私の世界に来なければ、私は、」

私はずっとこの幸福の中にいられたのに!!!

ブラッドは唇をかんだ。

それは、彼が最も見たくない光景だった。
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