グレスト王国物語
「こんにちは、シルヴァさん。」

「いらっしゃい、リンク。」

本を胸に抱いた小さな男の子は、くりくりとした空色の瞳が愛らしい。

今日は頬っぺたに絆創膏を貼って現れた。

「今日もお母さんと剣のお稽古したの?」

キッチンに向かいながらそう尋ねると、少年はちょっと顔をしかめた。

「毎日稽古で、嫌になります。母って本当に強いんですよ。女じゃないみたい。」

その言い方があんまり子供らしくなくて、思わず吹き出した。

「シルヴァさん、今日はどの時代を教えてくれるんですか?」

紅茶を入れる時間すら我慢できないようで、リンクは私に催促を始める。

子供は、本能に貪欲だ。

それは決して悪い意味ではない。

その熱意は、私を幸せな気持ちにしてくれる。

私は紅茶をテーブルに置くと、グレスト創世記を本棚から取り出した。

「それ、グレスト創世記じゃないですか!うわあ、すごい!僕初めて見ました!」

「今日はこれを読んであげる。でもね、リンク。ひとつ覚えておいて欲しいことがあるの…」

少年は、全身を耳にして聞き入っている。その姿もまた可愛い。

この子供たちの未来が幸多いことを願って止まない。

「それはね、歴史の本に書いてあることは本物の歴史じゃないこともあるってこと。」

それを聞くと少年は、きょとんと、ちょっと間の抜けた顔をした。

難しい話だろう。無理もない。まだこんな小さな子供なのだ。

だけど、わからなくても、理解できなくても、これは伝えなければならないことだ。

何度も何度も、いつか分かる時が来るまで。

その頃には、私にも旦那さんがいるかもしれないし、子供がいるかもしれない。

その旦那さんは良く知っている人かもしれないけれど、顔も知らない人かもしれない。

未来は、分からない。

でも、今日のような穏やかで満ち足りた一時に出会う度に、私はきっと生きていて良かったと思うだろう。

優しく愛しい、そんな午後のひとときに。

「ところであの…シルヴァさん。この家に時々来てるブラッドさんって、僕の両親の古い知り合いなんですよね?」

「え?う〜ん。多分そうだと思うけど…どうして?」
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