グレスト王国物語
「まぁ、少なくとも、」

ブラッドは、困ったように苦い笑みを洩らした。

「俺のようにわざわざあんたを訪ねるような奴が、まだいる。」

「ふふ…確かに、ね。」

アイシエは、ゆっくりとブラッドの紅い瞳と視線を交わした。

「…許せとは言わねぇ。

……人間に、チャンスを与えてみねぇか?」

「…チャンス?」

「あの王子は、大事な事に気づいてねぇ。てめえひとりっきりで生きていると思い込んでやがる。」
「……。」

─静寂。

試すような空白が、2人の間を取り巻いた。

先に口を開いたのは、アイシェだった。

「失敗したらあの子…死ぬわよ?」

「それは、あいつ次第だ。」

「ふふ…面白い。」

するり。と、滑らかに歩み寄り、アイシェはブラッドに、一塊の小さな氷を手渡す。

ダイヤモンドのようなそれは、ブラッドの掌の上でみるみる形を変えた。

「こりゃ…ずいぶんと、まぁ、思い切ったことすんだな。」

「神様はね、昔っから薄情なのよ。」

アイシェは笑う。

ブラッドは、ついと眉を上げ、唇を固く結んだ。

それは、紛れもない了解の印。

「それと…もうひとつ、あんたに貰いたいもんがある……。」

月もない深夜、ブラッドの朗々とした声だけが響く。

その、少し骨張った大きな掌の上には──


氷の弾丸が1つ、きらりと光を放っていた。
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