グレスト王国物語
***
不思議と、涙は出なかった。

ジェシカは木の台車に乗せて運んできた亡き王子の身体を、泉の傍の木陰に横たえた。

木漏れ日が揺れる。
昔は、この森で人目を忍んで2人でよく過ごしたものだった。

眠ったように目を閉ざすバルベールを見下ろして、ジェシカは長く長く息をついた。

膝が崩れ、ついに彼女は地面に座り込んだ。

「ホント、…馬鹿ですね、」

呟いたそれは、一体誰に宛てたものか、ジェシカにもよく分からなかった。

亡き彼にか、それとも自分にか。
風が、吹く。

チリ、チリと鈴の音が鳴った。
バルベールがくれた、水晶の小さなピアス。

知らず、涙が溢れて来た。

なだめるように優しく木々を揺らす風は確かに春の薫りを宿していた。

腰を下ろした新緑の草は、雪溶けしたばかりでまだみずみずしく湿っており、さらさらと、風にそよぐ水面は透き通って、ほころび始めた小さな花々は水辺を白く縁取っている。

いつの間にか、春が訪れていた。
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