グレスト王国物語
***

「そういう事だ…さあ、女神の涙を渡してくれ。樹の女神リフィエラ。」

人々のざわめきや待合室の喧騒が遠くに聞こえる。

ブラッドは、リフィエラと呼ばれた女医と診察室で対面していた。

「貴方の噂は存じています。ブラッドさん。なぜ貴方がたが、女神の涙など欲しているのかも。」

女医が口を開く。

その声は、誰もが安らげるような、独特の響きを持っていた。

リフィエラは、ひとつ息をつき、ブラッドから視線を外した。

美しいブラウンに染まったショートボブの髪の一房を、指に絡める。

「グレスト王国は今、危機に瀕しようとしています。私は女神ですから、伝説に従って貴方に涙を差し上げなくてはなりません。…しかしながら、」

彼女は、決まりが悪そうに深緑の瞳を、床に落とした。

答えは、否。

「…なぜだ。事は、一刻を争う。」

「………いのです。」

「…?」

「ここには、ないのです。」

リフィエラは、カーテンを挟んですぐ隣の部屋に控えていた助手の看護師を呼んだ。

看護師と言っても、背格好はまるで幼児のようで、普通の子供と何ら変わりない。

ブラッドを見ると、彼女は、ぺこりと頭を下げた。

肩の上で切り揃えたモスグリーンの髪が揺れる。

「この子は、Hannaです。」

リフィエラは、Hannaと呼ばれた子供の頭に手を置いた。

「見ての通り、この子は人工的に作られた命です。」
「な…」

「私の女神の涙は今、この子の命の源として、この子の中に有ります。」

ですから、渡せないのです。

そういえば、ライラシティでは、植物から人間的な生命体を作り出すための研究が為されている。とそんな噂をブラッドは聞いたことがあった。

「申し訳ありまセン。」

少女の小さな謝罪は、ぽつりと囁かれ、消えて行った。
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