グレスト王国物語
*シルヴァ*

その日は、あの看護師に言われた通り水道水を飲まなかったので、腹痛もなく、案外楽に寝付けたのかも知れない。

調査に来たのにまたしても何の役にも立てない自分に多少嫌気が差しはしたが、
夕方、エルザが殺人事件の話をしているのを聞いて、今回の調査にはあまり携わりたくないと密かに思っていたから、

腹痛は良くなってはいたけど、もう少し病人でいるつもりだった。

─真夜中、私は不思議な音に目を覚ました。

ずるずると何かを引きずるような音が、ひっきりなしに聞こえる。

私は得体の知れないその音に、酷く恐怖を覚えた。

はからずとも、心臓は全速力で駆けた後のように早鐘を打ち、布団に頭まで包まってかたかたと震えることしかできないかった。

どれくらいの時間が流れたのだろう。

いつしか布団の闇の中では、自分の緊張した息遣いしか聞こえなくなっていた。

(何…今の……)

訪れた静寂の中、私はベッドから起き上がると、未だ治まらない鼓動をおさえて静かに病室のドアを開いた。

────

そこには、何もない、静寂の暗闇が横たわっているだけだった。

安堵にほっと胸を撫で下ろす。

しかしすぐさま、孤独。という漠然とした不安と恐怖にかられた。

(誰か、いないかな…)

すると、今度は遠く─本当に遠くから、微かに声が聞こえて来た。

(…歌?)

耳を澄ませば、ごくわずかにだが擦れたような旋律が聞こえる。

こんな時間に、一体誰が、何の目標で歌なんて歌っているのか。

そして何より、先刻の気味の悪い音は一体何なのか…

ひとりでいることへの恐怖が、わずかな焦りとなって全身を支配して行く。
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