グレスト王国物語
ほんのりと耳に入ってくるメロディは聞いているだけで胸が苦しくなるようで、
何より懐かしいような切ないような音の集まりは、風の音と大差ないのに、誰かに呼ばれているような…そんな錯覚に陥らせた。

神経を研ぎ澄まして、感覚を耳に集めるが、思う様に場所が把握できない。

目を瞑り、歯を食い縛って眉間に皺を寄せる。

(集中しろ…)

もっと、

もっとだ

────

───



不意に、
一切の雑音が消え失せた。
その歌は一言も擦れることなく、嫌にはっきりと聞こえはじめた。

おいで
おいで
人の子よ
ひとりぼっちの夜は
我が両腕に抱かれて
眠りなさい
傷だらけの
血まみれた
この腕に
我が糧となる
その瞬間まで
おいで

おいで──

すっと背筋から冷たいものが全身に広がって行った。

(何、この歌……)

キモチガワルイ。

じっと聞き入っていると、おかしくなってしまいそうな奇妙な感覚に陥る。

怖い。

しかし、布団へ戻って頭から毛布を被って眠ってしまいたいのに、どうしても足が動かない。

おいで
人の子よ
大地を
侵す者よ
おいで

声はどんどん音量を増して行く。

身体中を内側から突き破られるようだ。

私は、座り込んで耳を塞いだが、声は止まない。頭の中に直接流れ込んで来る。

ふと、意識が遠退く。

脳裏に映し出されたのは、列を成して大樹の穴に入って行く女性達と、枝の上からそれを見下ろしている、エルザだった。

(だめ、エルザさん…そこに入っちゃ…だめ…)

おいで

呼ぶ声に、一気に現実へと引き戻された。動悸が治まらない。

私は弾かれたように立ち上がると、走りだした。

(そこに入っちゃだめ!エルザさん!)
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