笑うピエロ店員。
プロローグ。「明日売り屋」
「おまえに売る明日はねえ!」
「ごっごめんなさぃー」

街角のしがない店屋。
年季の入った、こじんまりした店舗。

看板には、怪しげに書かれた明日売り屋の文字。

店が小刻みに揺れたかと思うと、悲痛な叫び声が店内に轟(とどろ)いた。

そのまま、頭の淋しい中年男は、奇声をあげて店を飛び出していった。

受付カウンターから飛び出した店員に驚いたのだ。

驚かした張本人は、それを愉快だと笑っている。

笑いで震える腰を、誰かが叩(はた)いた。

「おい。ひがし。客を驚かすなよ。帰っちゃったじゃんか」

ひがしとはその店員の呼び名だ。

「だってニシ先輩、面白いじゃあないですか。ごめんなさぃーだなんて」
中年男のマネをする。

「だからって客帰らせてどーするんだよ。商売あがったり。店長に殺されるよ」

「殺されるのは嫌だね」
「じゃあちゃんとしなよ」

真顔でそう言ったニシ先輩は、腕を組んだが、その姿は「先輩」と呼ぶには少々幼過ぎる容姿だった。

低い身長に、がっしり感のない容姿。
頭が体に対して大きく、その姿にはランドセルがよく似合った。


「何してんすか」
不意に声がかけられる。

誰かがセールスから帰ってきて、騒ぎに気づいたようだ。

「おお、セイナンっちおかえりぃ」
「おかえり。セイナンご苦労様」
「はい、ただいまっす」

セイナンのノルマ帳を確認したニシ先輩は優しく微笑むと、セイナンをねぎらった。

だが、セイナンの喜んだその容姿も、「後輩」と呼ぶにはかなり老け込み過ぎていた。

曲がった腰に手を組み、しわの多い頬のたるんだ姿。
ゲートボールでも楽しんでそうだ。


この店には、実は三つのタブーがある。

一つは、うかつに受付カウンターに近づくこと。

もう一つは、店員を見た目で判断すること。

三つ目は、黒田修治(くろだしゅうじ)の名を口にすること。


これを犯した者はなんだかんだで三日寝込むらしい。
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