笑うピエロ店員。
病院の帰り道、ぼくはまたお兄ちゃんに会った。

「やーやー、高く売れたよ、少年」
高く売れた、というのは、ぼくの明日のことだろう。

「もうウッハウハ。買ったのは入院中の三十歳。独身。一日だけでもいいから長生きしたいのーって泣き付かれちゃて参ったよもー」

お兄ちゃんはその女性のモノマネをした。

「そんなこと、訊いてないよ」

昔おかあさんに聞いたことがある。「男はやましいことがあると、訊いてないことまで余計に喋る」、と。

「そうだったね」

眉の下がっているお兄ちゃんの顔を見ていると、ふとあることを思い出した。

「そういえばさ、お兄ちゃんの名前って何」

返事まで、少し間が開いた。

「んー。じゃあ『ひがし』って呼んでもらおうかな」
「呼んでもらおうかなって?」
「おじさんには名前がないんだよ。職場では東地域担当だから、ひがしって呼ばれているんだ」

へえ。
名前がない人なんているんだ、とぼくは思った。覚えておこう。

なぜ名前がないのかも訊かない。

「家庭の事情は人それぞれなのよ」と、おかあさんがぼくの頭をなでたことがあるからだ。
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