笑うピエロ店員。
「で、君の名前は?」
「坂井(さかい)裕也」
「へーえ。裕也くん。いい名前だね」

いい名前だと言われたのは初めてだった。
顔がほころぶ。

「そんなことないよ。ありがとう」

お礼を言うと、お兄ちゃんはふと何かを思い出したような顔をした。

「そういえば少年。『サイモンの夏』という本を知っているか」

「サーモン?」
「サ、イ、モ、ン」
お兄ちゃんは、一文字ずつ言葉を切って発音する。

「そーか。やっぱ知らないか」

お兄ちゃんは駄目元で訊いたみたいで、あまり悲しそうな顔はしなかった。

「『サイモンの夏』を見かけたら、開いてみるといいよ。あれは面白い」

僕は「うん。読んでみるよ」と言ったが、実際は多分読まないと思う。

お兄ちゃんもまた、嘘をついている横顔だった。
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