ミッドナイト・スクール
正門を入り、『遅刻坂』と呼ばれる緩やかな坂を上ると、花壇が見えて来る。そこの花壇に一人、花に水をやっている眼鏡をかけた女生徒がいる。
信二と同じクラスの浅岡幸である。特に目立つ存在ではない。学校内でも物静かな浅岡は、無口なのが災いしてか、同じクラスの男子生徒からからかわれたり、苛めを受けたりる事があった。といっても、苛められるがままという訳ではなく、浅岡はそんな苛めに屈するでも、教師に告げ口をするでもなく受け流していた。もちろん信二は苛めなどには係わらないが、特に浅岡と親しいという訳でもなく、会話も事務的な事位でしか交わした事はなかった。
風が吹き、浅岡の整った髪が揺れた。白いブラウスに朱色のスカート、クリーム色の薄いカーディガンを羽織った浅岡の服装は、制服にも見えるが私服である。
ここ清和西高校は、県内で数える程しかない私服を許している公立高校である。共学校の中
でも県内トップレベルの学力を誇る清和西校の方針は、『自由、自立、自制』の三項目だ。

一つ、偽りなく生きる事
一つ、己の力で決める事
一つ、感情に流されぬ事
……である。

生徒達はこの方針に基づいて生活しているが、幾分、風紀に乱れのある所が問題だった。
服装の乱れ、校内のゴミ問題、自転車の二人乗りによる近所の住民からの苦情。どれも小さな問題ではあるが、この問題はいつの世代になっても解決はせず、既に学校生活に定着している。何処の学校でもこのような問題は付きまとう事であり、比較的、清和西校は大きな問題が少ないので、治安的に見れば落ち着いた学校と一応言える。
「先輩、私は部室に寄ってから行くのでここで失礼します」
魅奈は軽く会釈をすると、部室棟のあるプールの方へと歩いて行った。揺れる栗色のウエーブヘアと、茶色で統一された体にピッチリとした服とミニスカートは、少し大人の色気を放っているが、上げ底のブーツを履いているにもかかわらず、百五十センチそこそこしかない背丈のギャップは変というよりは子犬のようで可愛らしい。
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