異常人 T橋和則物語
「和則との生活は注意が必要です。食事のしかた。着替え。風呂。散歩。排泄。おしゃべり……すべてにです。その手順が狂えば大変な騒ぎになります」緑川は言葉を切って、黙った。和則みたいな人間を、セロンがどこまで理解できるだろうか。「彼は確かに障害があります。しかし、特別な才能もあるのです」
「才能?」セロンは驚きで眉をあげた。そして、茫然と隣の席でハムをむしゃぶり食っている和則に視線を向けた。一同はレストランにいた。
 緑川はうなずいた。「確かに、彼は知能障害があります。でも、天才の資質があります。いささか特殊ですから理解不能かも知れませんけどね」
 才能? 和則が? これはセロンには受け入れがたいことだった。食べるのに没頭している和則のほうを見た。「けど、知恵遅れは知恵遅れだ」といった。
「その通り。ですから、彼を救ってやって下さい」
 緑川は話しをやめ、はたして理解しているのか、どういうとらえ方をしたのか知りたくて、鋭い視線をセロンに向けた。セロンは唇を噛み、何か遠くを見るような目をしていた。何にせよ、表情だけでは考えはわからなかった。
「彼が、今日、あなたにたいしてとった態度はとてもいいものでした」緑川はやさしくいった。「とても。初対面なのに、いい感じでした」
「どこが」セロンは鼻を鳴らした。
「…それはいずれわかります。とにかく、美少女に変身させるのです」
「君は……何者…なんだ?いったい君は…」
 セロンとミッシェルが唖然としていると、緑川はメモを渡し「これが、今日からあなたたちが住む場所です」といった。それは教会の一室であった。
「セント・ヨハンナ教会?」
 ふたりが茫然としていると、緑川は成算書を手に取り「わたしがごちそうしましょう」といって歩き去った。和則は、まだモグモグと口のまわりを汚しながら食べていた。

 
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