異常人 T橋和則物語
 しかし、和則はセロンを嘲笑するのに手いっぱいで忙しく、それがなかなか止まらなかった。
「は! は! は!」
「和則……このカードとこのカード、どっちがスペードのエース?」ミッシェルは鋭い本能の導きによって、和則の心にいたる正しい道をさがし当てた。彼によく見えるように両手の合計二枚のカードをかざした。「どっちがスペードのエース?」
 和則は黙り込み、集中した。その瞬間、セロンのことはかき消された。
「もちろん……こっち」
 和則がミッシェルの右手のカードを指差した。「当たりよ!」ミッシェルは笑顔をみせた。しかし、セロンはぼうっとして「どうせ偶然だろ?」といった。
 だが、和則は”カード当て”を百発百中で当てた。すてきだぜ、セロンは思った。役たたずだが、すてきだ。
「ごりっぱ!」ミッシェルはくすくす笑った。

 ”神の力”により、四十二歳の”知恵遅れつるっ禿げじじい”T橋和則は変身した。深夜の礼拝堂にはセロンとミッシェルと彼しかいなかった。が、イエスの像が輝き、発光すると、和則の顔や身体が膨らんだり縮んだりして、やがて和則は変身をとげた。
 十六歳時くらいの可愛い美少女に変身したのだ。
 和則が変身した美少女は、確かに美しかった。
 黒く長い髪、透明に白い肌、ふたえの大きな、大きな瞳にはびっしりと長い睫がはえていて、伏し目にすると淡い影を落とす。血管が浮くような細い腕や足はすらりと長く、全身がきゅっと小さく、彼女はまるで妖精か人形のようだった。
 しかし、頭の悪いのは相変わらずで、美少女になった和則はまたも、「ウ…ウォーター、ウォーター……ウォーター…」と狂気の呟きをするだけだった。


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