渇望
「…えっ…」


「よくわかんねぇけど、苦しい恋愛ならするべきじゃねぇよ。」


ジュンに否定されると、やっぱり悲しくなる。



「百合が誰と何やってたって良いけど、お前が大事にされてねぇなら、俺はあんま好ましく思わねぇけどな。」


抱き締めたぬいぐるみは、あたしの胸の中で苦しそうにしている。


彼は煙草を投げ、それを足で揉み消した。



「つーか、寒ぃし帰ろうぜ。
どうせタクるし、送ってやっからさ。」


断る言葉が思い付かなかった。


ジュンはさっさとタクシーを拾い、あたしを奥に押し込めると、横に乗り込んでくる。


車内のあたたかさは、せめてもの救いだろうか。



「あーあ、マジ飲み過ぎたし。」


そう言って、彼はあたしの肩口へと頭を預けた。


さすがにぎょっとするが、



「俺んち着いたら起こしてな。」


そのままジュンは目を瞑ってしまう。


アルコールと、色んな香水が混じった香りを放ちながら、本当は思うよりずっと疲れているんじゃないのかと不安になってしまう。


なのに、どうしてあたしのために時間を削ってくれるのか。


走り出した車の中で、あたしはぬいぐるみを抱えたまま、途方に暮れた。


瑠衣からの着信は、今もない。

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