渇望
「ジュン!
着いたよ、起きてってば!」


彼のマンションの前に到着し、その体を揺すった。


ジュンはくぐもった声を上げ、目を擦りながら伸びをした。



「ほら、早く降りろっての!」


「あ、百合も寄ってく?」


あまりにも普通に言われてしまい、一瞬静止した。


が、早くしろ、と言わんばかりの運転手の視線が痛く、「ごめん!」としか言えない。



「良いから帰って寝なよね。」


「おいおい、エッチなことしようぜー。」


「しないわよ、馬鹿。」


そう言って、無理やりジュンをタクシーから追い出した。


彼は口をすぼめ、「それ、大事にしろよ。」なんてあたしに言う。



「俺からの愛の証だから。」


「…マジで言ってる?」


「ジュンくんはいつだって大真面目でーす。」


と、彼はおどけるので、またあたしは肩を落とした。



「んじゃあね。」


手をヒラヒラとさせると、ドアが閉まった。


未だ抱えたままの“愛の証”に顔をうずめ、どうしたものかな、と思ってしまう。


真冬の朝は、まだまだ拝めそうにないらしい。

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