渇望
個室のドアを開けると、ふたりは向かい合わせに座っていて、既に一杯やっているご様子だ。


あたしは無言のままに瑠衣の隣に腰を降ろし、煙草を咥えてビールを注文した。



「どうしたのさ、そんな機嫌悪そうな顔しちゃって。」


アキトは笑いながら問うてくる。


正直彼のことをもう怖いとは思わないけど、それでも瑠衣とふたりの時の目つきは冷たいもの。


何より、あの日の利用するという発言の真意は、今も知らないままなのだから。



「あ、元気ないなら俺が癒してあげようか?」


あたしに言いながらも、目を細めて瑠衣に視線が移される。


試しながら、反応を伺いながら、アキトはそれを愉しんでいるかのよう。



「勘弁してよね、タイプじゃないし。」


「うわっ、その振られ方はキツいから!」


それを聞いた瑠衣は鼻で笑う。



「あっきー、残念だったな。」


ある意味では、この睨み合いも日常なのかもしれない。


大したものさえ食べず、あたしは話し半分で酒ばかり流していた。


アキトの香りは甘すぎる。


店の喧騒に溶け込むように彼はジッポを弾いて遊び、きっと癖だろうけど。


ブラックチタンが黒光りして、それはこの人の瞳に似ている気がしてならない。



「あーぁ、俺こんなに百合が好きなのにぃ。」


冗談なのか本気なのか、アキトはいつもあたしを口説く。


それを聞いても顔色のひとつも変えない瑠衣は、余裕なのか興味がないのか。


例えば腹の底では苛立っていたとしても、嫉妬心さえ見せられないというのは、それはそれで悲しいけれど。


右手同士に嵌めた指輪は、だから触れ合うことはない。

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