渇望
「百合!」


いの一番に近付いてきたジュンは、あごで向こうの卓を差した。


遠目にも、香織が涙を拭って酒を飲んでいる様子が見て取れる。


流星はそんなものを見ることもなく、別の卓で金持ちそうなおばさんと盛り上がっていた。


こんな男の輝く姿が見たいと言っていた彼女の言葉を思い出すと、胸が痛くなる。



「香織!」


見てられなくてその傍まで近づくと、驚いた様子の彼女は「何よ?」と怪訝な顔をする。



「迎えに来たから、帰ろうよ。」


「あたし、そんなこと頼んだ?」


「飲み過ぎだって!
ね、今日はとりあえず帰ろう?」


腕を取ろうとするが、振り払われた。


睨み上げたその瞳は充血していて、まるでただひとりに愛されたいと言っているかのよう。



「触んないでよ!」


叫び声に、ホール中が静まり返る。



「アンタに何がわかんのよ!
こんなこと頼んでないじゃん、余計なことしないで!」


「…けど…」


「アンタは何もかもを手にしてるじゃない!
アンタなんかに心配されたくないんだよ、迷惑だって言ってんの!」


捲くし立てるように、彼女は声を荒げた。


どうして人は人を羨むことでしか、自分の形を確かめられないのだろう。


まるで晒し物のように、みんながこちらに目を向けていた。



「百合ちゃん、そういうことだから。」

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