渇望
「ジュンにも迷惑掛けちゃったね。」


「俺のことは気にすんなっての。」


もう何度、この優しさに甘えているだろう。


不安そうにあたしを見る目が向けられ、逸らすように顔を俯かせた。



「ごめんね、ホント。
仕事、頑張ってね。」


百合、と彼は呼び止める。



「帰んの?」


「当然でしょ。
こんな騒ぎ起こしといて今更フロア戻れないから。」


笑い話のように言ったのに、



「あの男んとこ、帰んの?」


答えなかったあたしは、やはり最低だったろう。


どうしてあたしはいつも、こんなジュンを傷つけてまで、瑠衣のところに行こうとするのか。


またごめん、と言い、店を出た。






瑠衣の家に戻ったのに、そこに彼の姿はなかった。


つけっぱなしの電気、転がったままのビールの缶はそのままに、床に散乱しているのは、棚の上にあったもの。


何をしたのかくらいは想像出来た。


だからただ悲しくなって、あたしはひとり、部屋を片付けた。


その日、彼は帰ってくることはなく、初めてこの部屋でひとり朝を迎えた。


香織と連絡を取ることも、なくなった。

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