渇望
「……え?」


突然に、しかも一体何を言っているのか。


そんなあたしにアキトは、笑いながら口を開いた。



「桜の花びらはね、元々白かったんだって。
でもその根元に死体を埋めたら、木が血を吸って花をピンクに変えた、って話。」


だから、どうしたというのか。


そんな迷信めいた話を突然引っ張り出して来て、一体何を言わんとしているのだろう。



「そこに埋められてたのは、誰の死体なんだろうね。」


その瞳は、瑠衣へと滑らされた。



「それが俺の母親だとでも言いたいわけ?」


彼は立ち上がり、アキトを睨む。


聞きたくないと思いながらも、耳を塞げない。



「さっすが、怖い目。
地獄から生還した人の顔ってゆーか、母親に殺され損なっただけあるね。」


母親に、殺され損なった?


ふと、思い出したのは瑠衣の腹部の古傷で、刺されたものだと言っていた。


まさか、そんなはずはないだろうけど。



「瑠衣の母親は馬鹿なんだよ。
その所為で可哀想な俺の“お兄ちゃん”は、無理心中ついでに刺されてさ。」


なのにひとりだけ生きてるなんてね。


嘲笑さえ混じるアキトの言葉が、あたしの耳を通り過ぎる。


この部屋には包丁なんてものはなくて、だから今更その意味に気付かされる。


瑠衣の刺し傷は、お母さんがやったもの。

< 191 / 394 >

この作品をシェア

pagetop