渇望
自分が生まれて数ヶ月と経たないうちに両親が離婚したので、父親がいないことは当たり前だった。


他の家庭の子のように、キャッチボールをしたかった、肩車をしてほしかった、と思わないわけではないけれど、でも望むほどではなかったのだ。


母と子、ふたり楽しく生きていた。


大きくなったらお母さんを守ってあげよう、楽をさせてあげたい、なんてことも考えていたような子供だった。


母親からは、お父さんのようにはならないで、と口酸っぱく言われていた。


だから父親がどんな風だったかなんて記憶もなく、想像すら出来ないけれど、でも求めて憧れるようなことはなかった。


ずっとこのまま、母子ふたりで生きてくのだと思っていたそんな日々が突然に変化したのは、中学一年になった頃。



「ねぇ、瑠衣。
お父さんがほしいと思わない?」


何を言っているんだろう。


今にして思えば思春期の息子のためでもあったのかもしれないけれど。


その翌日、家には見知らぬ男がいた。



「お母さんね、再婚しようと思ってるの。」


母は一体何を言っているのだろうか。


笑顔が胡散臭い男、というのが第一印象だった。


ずっとふたりで暮らして来て、高校を卒業したら仕事して、母さんを助けて、なんて青写真を描いたはずだったのに。


なのに、いきなり来たこの男が父親になるだなんて、冗談にもならない。



「ほら、瑠衣!
そんなところに突っ立ってないで、挨拶なさい。」


そんな言葉に唇を噛み締め、目さえ合わせることなく自室に逃げた。


そこから徐々に人生が狂っていく。

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