渇望
初めて訪れた彼の部屋は、モデルルームのようだと言えば良いか、インテリア雑誌から抜け出てきたように洒落ていた。


窓から射し込む陽に照らされ、淡い木目調の家具があたたかさを生んでいる。


さすがは設計士になりたかった、と言うだけあるのかもしれない。



「嬉しいなぁ、百合が来てくれんの。」


笑顔で目の前に、コーヒーのカップが置かれた。


部屋には彼の甘すぎる香水の匂いと、ジッポを弾く金属音。



「アキト、冗談は良いから。」


冗談じゃないのに、なんて彼は言うけれど。



「聞きたいの、瑠衣とのこと。」


「そんないきなり単刀直入じゃなくても良くない?
もっとこう、楽しくなる話しようよ!」


おどけて見せる顔は、だけども崩れることはない。


沈黙を返すと、彼はため息を混じらせ、肩をすくめてあたしを見る。



「わかったよ、はいはい、瑠衣のことね。」


んで、何が聞きたい?


心底どうでも良さそうに、アキトは煙草を咥えてしまう始末。


そこには醜い復讐心にまみれたような瞳はなく、もう何が本当なのかもわからなくなりそうだ。


甘すぎる香りに、頭がクラクラとしてしまう。



「アキトのお母さんと瑠衣に、何があったの?」


「聞いてどうすんの?
百合が知ったって、過去は何も変わらないんだよ?」


「そんなのわかってるよ。
けど、もう中途半端に知らされて巻き込まれるのは嫌なの。」


過去は変えられない。


けれど、このまま憎しみ合ってたって未来は拓けない。

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