渇望
母さんは自分の前では気丈に振る舞っていたけれど、でも影で泣いていた。


それを聞き、慰めてあげているのは瑠衣だった。


もちろんそれさえ知らなかったから、のん気に学校に行っていたあの頃の自分には嫌悪感さえ抱くけど。


秋の深まりと共に、母さんが痩せ細っていく。


呼ぶのはいつも、父さんや瑠衣の名前ばかりで、気付けばこの家から自分の存在が消されていた。



「アキトは学校に行った方が良いよ。
父さんだって、きっとお前が立派に育ってくれるのを望んでるはずだから。」


だから雅子さんは俺に任せて?


それが瑠衣の口癖であり、今にして思えば、全て計画立てられたことだったのかもしれない。


最初は何ひとつ疑うことはなかったけど、徐々に疑念ばかりが募り始めた。


思えば自分は、この男のことを何も知らない。


例えば昼間は何をしているのか、学校には行ってないらしいけど、じゃあ仕事は何なのか。


今までどんな風に暮らしていたのか、もっと言えば好きなものひとつ知らないのだ。


ただ優しい人なのかもしれないが、だからって、いくら何でも普通ここまで親身になれるだろうか。







冬の終わり、母さんが死んだ。


手首を切ったことによる失血死だと言うが、精神科に通院歴もあり、警察は自殺だと断定した。


すっかり痩せこけてしまった姿に昔の面影はなく、こんな人だったろうかと今更思った。


心底悔んだ。


どうして何も出来なかったのだろう、何で全てを他人に任せてしまっていたのだろう。


正直なことを言うと、時々パニックになる母さんが怖かった。


だから瑠衣に押し付けていた面も少なからずあったし、向き合おうとしなかった結果がこれだ。


けれど、葬儀で眉のひとつも動かさなかった腹違いの兄を見た時、何かがおかしいと感じたんだ。

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