渇望
ふわふわとした漂う意識を手繰り寄せた時、一番に耳に触れたのは静かに響く雨音だった。


薄っすらと目を開けると、見覚えのないベッドの中にいるあたし。


ここはどこだろう、と体を起こすと、頭に激痛が走り、さすがに顔を歪めてしまう。



「大丈夫?」


弾かれたように顔を上げると、アキトがいたことには驚いたけど。


じゃあここは、彼の部屋ということか。



「急に気失うんだから、さすがに俺も驚いたよ。」


「…あっ、ごめん…」


「そんなの良いから寝てなって。」


理由を聞こうとはせず、でもアキトは優しく笑っていた。


きっとあの後この人は、倒れたあたしをここまで運んでくれたのだろうけど。


何だか冷静になればなるほど恥ずかしくなり、穴があったら入りたい、とはまさにこのことだと思う。


雨のけぶる音が沁み込むような優しい色合いの家具と、甘すぎる香り。


すでに日付は変わっていた。



「お腹空いてるなら何か作ろうか?
あ、その前に飲み物の方が良かった?」


そんなに気を使われては、申し訳なくなる一方だ。


体を起こして足元に置かれていたバッグを漁り、携帯を取り出したけれど、でもそこにはメールはおろか、着信の一件でさえない。


それを閉じると同時に、差し出された清涼飲料水のペットボトル。



「さすがに酒はマズいっしょ。」


ありがとう、とあたしはそれを受け取った。


例えばそれは、目の前にいたのがアキトだったから縋ったのか、どうなのか。


ただ、逃げたかったのは本当だ。

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