渇望
まるで絵に描いたような人生だった、と彼女は言った。


父親は飲んだくれで、母親は自分が６歳になった時に、男と一緒に蒸発したのだ、と。


決して良い母親だったとは言えないような人でも、突然姿を消したという事実はひどく幼い少女の心を傷つけた。


酒を飲んでいるばかりの父親も、何をしているのかわからない人だ。


けれど、小学６年になった頃、突然転機が訪れた。



「はじめまして、祥子ちゃん。」


お父さんが連れてきたのは、知らないおばさん。


有紀恵さん、という名前だそうだ。


とても優しそうで、けれど何なのかと思ってしまう。


それから、たまに家に現れるようになった彼女は、週に一度だったり二日連続だったり、とてもおいしいご飯を作ってくれた。


お父さんとは不釣り合いなんじゃないかと思うほど家庭的で、でも有紀恵さんが来ると、みんなで楽しく食卓を囲むことが出来た。


お父さんもまた、自分には見せない顔で笑っていた。



「おばさんにもね、祥子ちゃんくらいの子供がいるの。」


それが、瑠衣。


有紀恵さんの息子だというなら、きっと優しい男の子に違いない。


彼女はよくその子の話を聞かせてくれ、その度に色々な人物像を想像した。


だからきっと、会ったこともないのに、まるで絵本の中の王子様に恋をしたような気分になっていたのかもしれない。



「再婚するから。」


ある日、お父さんはまるで決めたことのように言った。


けれど、喜びが勝った。


有紀恵さんがお母さんになるんだ、まだ見ぬお兄ちゃんが出来るんだ、と。


そしてそれから数日後、瑠衣と出会ったのだ。

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