渇望
「命が助かったんだから良いだろ。」


ジローはため息を混じらせ、



「けど、まだ合併症とかの危険があるんだから。」


そう付け加え、真綾に向かって腕を組む。


今までこの男は、詩音さんしか見ていないんだと思っていたけれど、ここまで別の誰かを心配している姿なんて、初めてだった。


けれども真綾は、顔を背ける。



「馬鹿ジローには、うちの気持ちなんかわからへんやろ。」


体に残された傷、そして目の前には、好きな男。


ジローにそうやって心配された分だけ、真綾は複雑な気持ちにばかりさせられるのだろう。


一生独りで生きていくと決意していた彼女の、それが苦しみなのかもしれない。


ふたりの話では、真綾は4日も前に入院・手術をしたらしく、その間、何も知らずにずっと酒浸りだった自分を懐古すると、恥ずかしくなる。


命の重みとは、どんなものだろう。


言葉を持てずにいると、看護師さんが入って来て、「検温の時間です。」と言った。


なのであたしとジローは煙草を吸いに行くと言い、一旦病室を後にした。







「寝言で百合の名前呼んでたしさ、俺だけだとさすがに不安だったから。」


いつか、真綾が病気のことを話してくれた時と同じ喫煙所で、あたし達は煙草を咥えた。


よく見れば、ジローだって疲弊した顔をしている。



「…もしかしてアンタ、ずっと付き添ってあげてたの?」


「だってアイツ、身寄りもないわけだし。
たまたま俺といた時に倒れて、焦って救急車呼んで以来、ね。」


少し困った顔をして、ジローは言う。



「俺だってさすがに、こんな状態の真綾を見捨てられるほど鬼じゃないから。」

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