渇望
もう、ジローという男のことがよくわからない。


あれほど人を見下すような目しかしていなかったのに、薄皮一枚を剥ぎ取れば、こんなにも情に揺れているのだから。



「アイツね、手術が終わってまだ朦朧とした意識なのに、俺の服掴んで泣くんだよ。
痛いよ、怖いよ、死にたくないよ、って子供みたいにさ。」


想像からは程遠い、真綾の弱さ。



「そういうの見てるしさ、目が覚めてからは気丈に振る舞ってるつもりだろうけど、誰だって入院するってだけでも不安じゃん?」


だから何かこのままにしとけないよな、って。


そう、苦笑いを浮かべたジローの吐き出す煙が、青く眩しい空に滲んだ。



「…詩音さんのことは?」


あたしがその横顔に向かい問い掛けると、彼は先ほどよりももっと曖昧な顔をした。



「それもさ、もうよくわかんなくて。」


ジローは言う。



「どれだけ傍にいても、結局は忠犬のままなのかな、って。
別に今まではそれでも良いって思ってたけど、真綾見てると、俺ってこのままじゃダメなのかもな、って思うようになってきて。」


同情と恋は、紙一重なのかもしれない。


あたしは少し複雑な気持ちになりながら、ジローの言葉を聞いていた。



「詩音さんはさ、俺なんか見てないんだよ。
もっとずっと大切な、別の人のことを想ってるんだと思う。」


瑠衣の顔が脳裏をよぎり、背筋に嫌な汗が伝う。



「悲しそうな顔して、月を探してる、って言うんだ。」

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