渇望
決まりだな、と言ったのは瑠衣。



「なら、出ようか。」


アキトは煙草を咥え、立ち上がった。


一瞬だけ、彼が瑠衣に対してひどく冷たい瞳を向けたのは、気の所為だったのだろうか。


そして瑠衣もまた、嘲笑うかのような顔を見せるが。



「つか、俺まだ胃が痛いんだけどー。
もう絶対、居酒屋でラーメンは食べないね!」


なのにすぐにケラケラと大声で笑い、そんなアキトは店員から怪訝な顔をされていたが、お構いナシのようだ。


瑠衣も馬鹿だろ、なんて適当に笑いながら、店を出る彼の後に続いた。


頭が混乱して、でもそれを酒の所為だと思うように、あたしもふたりを追い掛ける。



「てか、お金は?!」


「んなの、もうとっくに払ってるって。」


と、振り返るようにアキトは言う。


そこから察するに、彼はトイレに立った際に、会計を済ませてくれていたということだろうか。


こういうことをスマートにしてしまうなんて、とあたしは、やっぱり困惑してしまう。


瑠衣はそんなの無視とばかりに、さっさと車に乗り込んだ。



「…ありがと、奢ってくれて。」


「良いって、そういう約束だったし。
それより足はもう大丈夫?」


あぁ、と言ってから、うん、と付け加えた。


そういえばあたし、ぶつかられた侘びとして奢ってもらったんだっけ、なんて今更思い出してしまうけど。


酒の所為なのか、すっかり足首に痛みはなく、火照った体に夜風が心地良い。


ため息混じりに再び車に乗り込むと、それは走り出した。


あたしは後部座席で煙草ばかり吸っていて、車内には、アキトの香水の香りが充満している。


それは独特の甘さの混じるもので、沈黙の帳の中、彼がジッポを指で弾いて遊ぶ金属音だけが響いていた。

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