渇望
「……え?」


「縮小営業だし、実質俺がいなくても大丈夫そうだしさ。」


それに、と彼は言う。



「あれほどクリスタルや詩音さんを守らなきゃ、って思ってたけど、ハルなら俺の代わり以上だろうしね。」


辞めて、それからどうするのか、なんてことは聞けなかった。


けれどジローは、このままずっと、真綾の傍にいてあげるつもりなのかもしれない。


彼の見せる瞳は、今までで一番穏やかなものだ。



「よくわかんないけどさ、真綾って放っとくとまた無理しそうじゃん?」


そんな苦笑いが向けられた。


黙って背を向けると、百合、と彼はあたしを呼び止める。



「コイツさ、百合のこと大好きなんだって。
生意気な妹みたいだけど、友達になれてホントに良かったって、いつも言ってるから。」


それはあたしの方なのにね。



「なぁ、また来てあげて?」


その言葉に頷き、あたしは病室を後にした。


清々しさと、少しの切なさを含む風が通り過ぎる。


誰かの傷を受け入れてあげられるジローを、偽善者だなんて思えない。


きっとあたしなんかよりずっと、芯の強い男なのだろう、羨ましくも眩しかった。

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