渇望
翌日、あたしは黒光りしている物を手に、ある一室のチャイムを鳴らす。


息を吐くと、すぐに扉が開けられ、彼は顔を覗かせた。



「百合じゃん、どしたの?」


「ジッポ、返そうと思って。」


あぁ、とアキトは言った。


あたしがこれをいつまでも持ってるわけにはいかないし、こうやって持って来なきゃ、ずっとそのままな気がするから。



「まぁ、上がれば?」


「良いよ、すぐ帰るし。」


そう言ったのに、上がりなよ、とまた笑った彼は、すぐに奥へときびすを返してしまう。


なので押し問答にさえならず、仕方がなくもあたしは、部屋に入った。


相変わらず、男のひとり暮らしだとは思えないほど綺麗なところだ。



「何か飲む?」


首を横に振り、テーブルの上にジッポを置いた。


ビンテージでシリアルナンバーの入った黒チタンのそれが陽に照らされ、一層滑らかな色で輝いている。


アキトは携帯をいじる片手間で、いらないと言ったはずなのに、ミネラルウォーターを差し出してくれた。


何だか帰らせてはくれない雰囲気だけど。



「瑠衣、元気?」


パチン、と携帯を閉じ、彼は問うてくる。


あたしは曖昧な顔で笑い、「そこそこね。」と意味のわからない言葉しか返せない。


部屋には甘すぎる香りばかりが漂っていた。

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