渇望
「あのさぁ、俺、百合の泣いてる姿なんか初めて見たっつーかさ。」


ハンドルに寄り掛かったジュンは、唇を噛み締め、それをガッ、と殴る。



「何か色んな事が悔しいっつーか。
お前にも、あの男にも、自分自身にも腹が立つんだよね。」


まるで独り言のように、彼は言う。



「2年もお前と一緒にいたのにさ、なのにこういう時どうしてやったら良いかもわかんねぇの。」


俺、やっぱホスト向いてないよな。


そんな台詞を聞くと、あたしの所為だと思いながら、胸が痛くなる。


瑠衣と一緒にいることでは、誰ひとりとして笑顔にはなれないのかもしれない。



「もう潮時だし、地元戻ろうかな、って。」


そう言ったのは、あたしではなくジュンの方。



「いい加減、良いヤツでいるのも疲れたしさ、いつまでもホストなんか続けてたって意味ねぇんだし。」


ジュンまでいなくなるのかもしれない、ということに、身勝手にもショックを受けている自分がいた。


けれど結局は、何も言えないままだ。


彼はあたしが泣いている理由を追求するでもなく、ただ迷いを吐き出すように言葉を並べているだけ。


どうしてそんなに優しいのだろう。



「もうダメって言ってたし、お前も一緒に帰る?」


まるで笑い話のように、彼は言ってきた。


瑠衣と別れて、子供も堕ろして、そしたら何事もなくジュンと一緒にいられるのだろうか。


一瞬、そんな思考さえ脳裏をよぎり、自分の醜さを改めて痛感させられる。


二度もアキトを殺すことなんて出来るはずもないのにね。

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