渇望
「別に俺の食いもんの心配なんかすんなよ。
つーか、料理とかしなくて良いから。」


まるで突き放すような言い方だ。


ぶっちゃけ、何か作ろうとして喜ばれないなんて初めてなんだけど。


ため息を混じらせて彼の隣へと腰を降ろすと、こちらに伸びてきた指先はあたしの髪の毛を掬い上げた。


微かに瑠衣からは、外国製のボディーソープの香りがする。


それがこの家にないことなんて知ってるから、その先の想像なんて易かった。


きっとあたし達は同じなのだろう。


けれどもそれを言葉にはせず、見上げた月にはもやが掛かる。



「ねぇ、月が霞んで見えるのは排気ガスの所為だ、って聞いたけど、それって本当なのかな?」


聞いた瞬間、彼は目を細めるようにあたしを見た。



「心が泣いてるから涙で霞んで見える、って俺は聞いたよ。」


瑠衣の言葉には、ただ驚いた。


けれども笑ってしまい、あたし達は出窓で酒ばかり飲んでいた。



「てか、もう少し人間らしい生活しなっての。
この部屋、マジで殺風景すぎだから。」


「俺さ、金好きだけど、欲しいもんとかなくて。」


それもまた、あたしと同じだ。


ここは街から近いということを除けば普通のマンションで、だから家賃も想像は出来る。


大金を稼ぐことの意味は今日も見つけられなくて、ただ増えていくだけの札の束。


あたし達は互いを干渉し合うでもなく、今日の出来事を話すでもない。


ただ、くだらないことばかりを語り、まるで現実から目を逸らしているかのよう。


だから一緒にいる意味なんてないのだろうけど、でもあたし達は、共に夜を過ごした。


日付も変わる頃、瑠衣は飲み疲れたのか、布団に包まり寝息を立てていた。


子供のような姿には、思わず笑みが零れてしまうのだけれど、まるで死んでいるみたいだと思う。


うずくまるように眠る彼は、一体何を怖がっているのだろう。

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