渇望
もう、何が正しいのかなんて、全然わからない。


ただ、やるせない顔をして唇を噛み締めるジュンを見ていると、どうして最初からこの人の気持ちに応えていなかったのだろうかと、今更思わされる。


それはつまり、あたしは瑠衣といた今までの日々を、後悔しているということだろうか。



「なぁ、産むなよ!」


ジュンは声を絞る。



「一時の感情で子供なんか育てられるわけねぇだろ!」


けど、とあたしが言うより先に、



「そんなの俺が認めるとでも思ってんのかよ!」


ジュンは喧嘩の絶えない家庭で育ってきた。


両親の不仲、金銭問題、不倫疑惑、とにかく幼少期からずっと、そんなものを目の当たりにしてきたのだ。


だから彼の言いたいことはわかる。


けれど、それでも、宿ったのは“命”だ。


その重さはあたし達のそれと同じ分だけあって、握り潰すように消すことは出来ないよ。


なのに、ジュンによって抱き締められる。



「愛してるから、あんなヤツの子供なんか産んでほしくないんだ。」


こんなにもジュンの腕が熱を帯びたものだと、あたしはこの瞬間まで知らなかった。


だから突き放すタイミングを逃してしまう。


淡い月明かりに照らされただけの彼の横顔に、冷た色をした口元のピアスはよく似合っている。



「あたしはジュンが思ってるような女じゃないんだよ。」


結局、そんな言葉が精一杯だった。

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