渇望
悪い冗談であり、夢であればと思い続けているけれど、でも全ては現実。


頬をつねるよりずっと強烈な腹部の痛みは、まるで全てを物語っているかのようだ。


えぐるような、突き刺すような、それでいて爪を立てるような。


そんな、言葉では表現しきれない痛みが、体と、そして心を蝕んでいた。



「それでな、百合。
突き飛ばされたんだったら被害届出せば警察が動いてくれるかもって、医者とかが…」


そんなことをしたって、あたしと瑠衣の子供は帰って来ないじゃない。


ジュンの言葉が、耳を抜けるように通り過ぎる。


呆然として、まだ自分の身に起きたことが信じ難くもあり、あたしは受け止めることを拒んでいるんだ。


認めれば、一抹の希望の光さえ消え失せるのだから。


アキトの遺体を見た時の瑠衣が、嘘に決まってる、と繰り返していた心情が、今なら手に取るように理解できる気がするよ。


そんな馬鹿な、という感じ。


けれども意志とは別に、涙を止めることさえ出来ず、あたしは次第に明けゆく窓の外の空の色を見ていた。



「あたしは人殺しってことでしょ?
だったらもう、あたし死んじゃった方が良いんだよね。」


自嘲気味に吐き出すあたしに、百合、とジュンは制止するように声を絞る。


そして同時に抱き締められた。



「頼むから、そんなこと言うんじゃねぇよ。」


彼の腕は震えていた。


どうしてこんなことになってしまったんだろう、あの時あたしが、と、後悔すればキリがない。


瑠衣は今、そんなことも知らずに詩音さんと一緒にいるんだろうね。


そう思うと、惨めさばかりに苦しめられる。

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