渇望
『百合、今どこー?』


鼓膜が破れるのではないかと思うような、香織の声。


それが一気にあたしを現実に引き戻してくれたようで、こめかみを押さえた。



「仕事終わって、まだ事務所の近く。」


『マジ?!
あたしもちょうど今、ミスドの前にいるよ!』


そして、すぐ行くから待ってて、と一方的に言われ、通話が途切れた。


どうして近くにいるというだけで、落ち合わなければならないのか。


それに今は、うるさい香織の相手なんかしたくないんだけどな、なんて思っていれば、遠くからでも目立つ人影が、こちらに向かって手を振っていた。



「百合ー!」


大声で呼ばないでほしい。


けれども少し息を切らし、こちらに駆け寄ってきた彼女の瞳は輝いていた。



「ねぇ、暇してるでしょ?」


「…は?」


「ホスト行こうよ、ホスト!」


香織の誘いなんていつも、買い物かホストクラブだ。


どうしようかと思ったものの、あたしの答えなんて聞くより先に、彼女によって腕を引かれる。



「ちょっとちょっと、行くならひとりで行けっての。」


「良いじゃんかぁ!
久々に一緒に行こうよー!」


ぶっちゃけ、そんな気分ではないんだけど。


でもここで断れば、香織は確実に機嫌を損ねるだろうし、それはそれで面倒だ。


結局あたしはダラダラと歩きながら、彼女に付き添うことを決めた。

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