渇望
ここは今、街で一番賑わっているクラブだろうけど。


馬鹿みたいに踊る人々を滑稽な目で見つめながら、あたしはひとり、壁に寄り掛かっていた。


酒に蝕まれた体に重低音が響き、吐き出した煙草の煙が嫌に苦い。


ふと、持ち上げた視線の先には、こちらへと歩み寄ってくるひとりの男の姿。


目が合うと、彼は口元だけを上げて見せる。



「何やってんの?」


唇の動きでその言葉は読み取れたが、だからって興味もない。


すると男はあたしに体を密着させるように壁に手をつき、耳元でささやく。



「ひとり?」


噛み付かれそうなほどの距離。


彼の瞳は何も映し出さないほどに冷たくて、だから目を奪われたことに、理由なんてなかったのかもしれないけれど。


普通の男ではないと、本能で思う。



「だったら、何?」


「抜けない、一緒に。」


ストレートすぎて笑ってしまう。


目を細めた彼は、まるであたしを値踏みしているかのようだ。


この夜の街に、まともな人間なんていない。


けれどもそんな中にあって、更にその一握りには、関わらない方が身のためだと思う人種がいる。


彼はそんな雰囲気を纏っていた。



「良いよ、行こう。」


腕を組んで、あたし達は歩き出す。


人々の羨望の視線は、きっとこの男といるあたしに向けられたものだろう。


それほどまでに、彼は人を欲に駆らせる瞳を持っていた。

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