渇望
瑠衣、という名前だそうだ。


そして連れられた場所は、ホテルではなく街から程近い場所にあるマンションだった。


唇を奪われたのは、エレベーターの中。


性急だと思いながら、でもただ彼を求めた。


部屋に雪崩れ込み、キスを繰り返しながらあたし達は、互いの衣服を剥ぎ取っていく。


明かりさえ灯すことはなく、押し倒されたベッドのスプリングが軋む。



「お前の顔、歪めたくなるよ。」


その瞳は、だけども嘲笑さえ混じる。


まるで世界中を見下すようなそれが落とされて、なのにあたしは嬌声ばかり。


頼りない月が照らす瑠衣の体は綺麗で、それに指先を滑らせた。


ふと、左の腹部に5センチほどの古傷を見つけ、触れようとしたが、手首ごと掴まれるように奪われる。


代わりに噛みつくようなキスが落とされた。



「なぁ、欲しい?」


目を細め、彼は言う。



「俺のこと、欲しいんだろ?」


喘いだ声は、否定にはならない。


瑠衣はやっぱり嘲笑うような顔で、あたしの中に身を沈めた。


互いの体を貪りながら、そこに愛しさを感じたのは、何故だろう。


瑠衣、と彼の名を呼び、その体を引き寄せると、唇が触れる。


欲しいものなんてなくて、何ひとつ求めていなかったあたしが、彼の漆黒にも似た瞳に囚われた。


例えばそれは、繋がることが必然のことのようにも感じ、だからタチが悪いのかもしれない。


ふたり分の吐息が混じり、指先が絡み、気付けば一筋の涙が伝っていた。


何故だろう、もうずっと昔からこの人のことを知っていた気がする。

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