渇望
ちょうど信号待ちで停車していた車から降りると、彼は何を言うこともない。



「今日の分は、明日貰いに行くから。」


「お疲れ様。」


いつもと同じ台詞だった。


やっぱりその顔は無表情で、殊勝な男だと思う。


背中を向けると、信号は青に変わり、ジローだけを乗せた車は走り去る。


みんながこの街で、何かを抱え、生きていた。


人はひとりでは生きられなくて、だから止まり木のような場所を求め、心をすり減らすのだろう。


あたしとジローは似ていて、そして、そんな互いが大嫌いだったね。


すっかり夜の帳に包まれた街は、ネオンの色に覆われていた。


人の波は、あたしを避けて流れていく。


身を切るほどに風は冷たくて、そして未だに痛い腕と、張り裂けそうな心。


歩くほどの余力はない。


頭の中ではジローの言葉が反復して、更に先ほどの高田さんの台詞までもがぐるぐると回る。


この街が嫌いだった。


けれどあたしはここで生きていて、そしてこんな場所にしかいられなかったのだ。


そういう意味では必死だったのかなと、今では思う。



「百合!」


声がした。


あたしの名を呼ぶ、だけどあの人とは違う声。


彼は少し息を切らし、こちらへと駆け寄ってきた。


目を丸くしていると、少し笑われ、「元気?」と言われてしまう。



「…アキ、ト…」


どうしてアキトはいつも、あたしを見つけてくれるのだろう。

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