渇望
一言で言えば、何もない部屋だ。


だから缶ビール片手にベランダへと出てみれば、街を臨めることには驚いた。


月明かりよりもずっと輝きを放つ、ネオンの色。



「ここに立ってると、この街を支配してる気分になるね。」


「薄汚ぇ連中が集まってるだけの場所だけどな。」


吐き捨てるように、瑠衣は言う。


秋の夜風に火照った肌を撫でられ、吐き出した吐息は闇に溶ける。



「羨ましい場所に住んでるね。」


「じゃあお前も住めば?」


その言葉の意図は、どう捉えるべきか。



「俺と暮らす?」


「馬鹿言わないで。」


あたし達は、互いのことを何も知らない。


だからそんな台詞を遮ると、彼もさして気にしてはいない様子でビールの缶を傾けた。


この、欲望にまみれた街で出会った男を信用することなど、出来るはずもないだろうけど。



「ねぇ、どうしてあたしだったの?」


「わかんねぇけど、何か欲しくなった。」


まるで買い物をしたかのような言い方だ。



「なぁ、これって俺、お前のこと好きってこと?」


知らないよ、とあたしは返す。


愛や恋に似たものを、互いに求めていたのだろうと、今では思うことだけど。

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