かんのれあ
あたしはしばらくその音を聴く。



ただの紙を擦る音なのに、

ずっとこの空間にいたい、あたしにそう思わせる。



けれど
このままこの音を聴いていたら、

あたしの心はきっとまた、後ろに向かって歩きだしてしまう。


そう思い、一歩前に、踏み出した。






「河野さん」



河野さんは少し間を置いてから、

手を止めあたしの方を見る。


よほど派手な整理をしていたのか、

長袖のシャツは肘より上まで捲り上げられ、

額にはほんのり汗をかいている。


そうして目をぎゅっと瞬きをさせてから、腕で額の汗を拭うと、

ようやくあたしの呼びかけに返事をした。
< 175 / 200 >

この作品をシェア

pagetop