【短編】優しさなんていらないの
その時……。
「待てよ」
その声と共に、あたしは亘に腕を掴まれていた。
それに気付いて亘を見上げると、亘は切ない表情を浮かべていた。
え……?
その表情を見て、あたしは思わず亘から視線が逸らせなかった。
すると亘はあたしの腕を掴んだまま口を開いた。
「おれは……誰にでも優しくなんてしない。好きな奴にしか優しくなんてしない」
「……わた、り?」
「おれなら好きな奴しか見ない。不安にもさせない……」
ギュッとあたしの腕を掴んでいる亘の手に力が入る。
掴んでいる手がジンと熱く感じる。
吸い込まれそうな真剣な目。
その目にはあたしが写って……その目から逃れられない。
「おれはお前だけ見てる。だから……おれにしろよ」
一瞬、耳を疑った。
嘘だと思った。
でも真剣な亘の表情が、本気だと思わせた。
あたし……。
その瞬間。
あたしのポケットで携帯が震える。
それに気付いたあたしは携帯を開くと、春からのメール。
そのメールは、委員会が終わった事を知らせる。
「あたし……帰る」
そう言ってあたしは俯いたまま亘の手を振り解くと逃げるように走った。
亘の顔を見れなかった。
どんな顔をしているのか、怖くて。
その顔を見たら……あたし、どうにかなっちゃうんじゃないかって思った。
……春。
春っ……。
走って昇降口へ向うと、春の姿が見えた。
泣きたくなかったのに、涙がもうすぐそこまで来てた。
すると春はあたしの姿に気付いて優しく微笑んでくれる。
「春……ぅ」