【短編】優しさなんていらないの



そう言ってあたしは背を向けて歩き出した。


「もし何かあったら、おれんとこ来いよ」


背後から聞こえてくる亘の優しい声。
その声を聞いて、あたしはフッと笑って振り返った。


「行かないよ!!」


笑顔でそう言うと、亘はフッと笑った。
その笑顔を見て、あたしはまた来た道を戻る。
そしてまた廊下の角を曲がろうとした時、あたしは誰かにぶつかった。


「いたっ……」


「あ、ごめん」


その声を聞いてあたしは顔を上げる、するとそこにはキョトンとした春がいた。


「あ、柚未……」


小さくあたしの名前を呼んで、春は俯く。


気まずいけど……。
言わなきゃ。


「あのっ……」


「「ごめん!」」


声が重なった。
目を見開いて顔を上げると、同じような顔を春もしていた。
すると春は目を伏せて言った。


「俺……誰にでも優しくしてるつもりはないんだ。でも、それが柚未にはそう見えたんなら……ごめん」


そう言って春は頭を提げてきた。
そして顔を上げると、あたしを優しく抱きしめた。


「ホントに柚未だけなんだ……。俺にとって柚未だけなんだ」


弱々しい声があたしの頭に響く。


「もう柚未を不安にさせたりしないから……俺から離れていかないで」


そう言って春はあたしをギュッと抱きしめた。
胸が苦しい。
春のお願いを初めて聞いた気がする。


あたしは微笑んで春の背中に腕を回した。


「ううん。あたしこそごめん」


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